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松山地方裁判所西条支部 昭和36年(ワ)31号 判決

原告 前田敬三郎

被告 横山初太郎

主文

被告は原告に対し金六八三、一〇〇円及びこれに対する昭和三六年三月二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二〇七万円及びこれに対する昭和三六年三月二日(訴状送達の翌日)以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は被告の実弟であるが、昭和一七年一一月中、原告が訴外亀井喜久子から賃借していた新居浜市甲七八七番地田一反一畝一五歩(以下本件農地と称す)に対する賃借権を被告に譲渡し、その際被告との間で、将来原告の要求あるときは、何時でも無償でこれを原告に返還する旨特約した。(その法律的意味は、原告一方の意思表示により右譲渡契約を解除し得る旨の解除権の留保、又は原告一方の意思表示により完結し得る右賃借権の再譲渡の予約である。そして被告は、原告の右返還請求に何時でも応じ得るよう右譲受に係る賃借権を自己に保有すべく、これを他に処分することは原告に対し禁止せられていたものであり、このような内部的拘束を伴う意味で右賃借権の譲渡は信託的な譲渡である。)

二、かくて被告は爾来本件農地を耕作して来たが、その後昭和二六年中原告は、被告に対し、翌年二月原告の勤務先停年退職と同時に右賃借権を返還すべき旨請求し、以て右「契約解除」又は「再譲渡予約完結」の意思表示をなしたものである。しかしその後被告の猶予方懇請があつたため、原告は右意思表示にもとづく返還債務の履行を延期して来たが、昭和二八年五月二〇日、同年度の稲刈終了と同時に本件農地を返還しその履行を完了すべき旨被告に確約させた。

三、ところが被告はその後も言を左右にして右賃借権の返還に応じないのみか、昭和三四年六月六日約旨に反し、訴外酒井福太にこれを売却譲渡し、よつて原告に対する賃借権返還義務の履行を不能ならしめ、原告に対し右賃借権の価格と同額の損害を与えたものである。

四、よつて原告は被告に対し右賃借権の価格に相当する金二〇七万円の損害賠償とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三六年三月二日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

五、仮に原告の右損害賠償請求が理由がないとすれば、原告は、被告が訴外酒井福太から支払を受けた右賃借権の売却代金を、不当利得として原告に返還すべき旨請求するものである。

すなわち、被告は前記三のとおり酒井福太に対し右賃借権を売却譲渡したが、該賃借権は前記一、二の事由により原告に返還すべきものであり、対内的には原告の財産であつた。そして被告は酒井福太から売却代金として金九三一、五〇〇円の支払を受けているものである。右の次第で被告は対内的には原告に属する財産を勝手に売却処分して不当に右代金を利得し、よつて原告の賃借権を喪失せしめて原告に対し損失を及ぼしたものであるから、正に不当利得を構成するものというべく、原告に対しその利得を返還する義務がある。よつて原告は被告に対し右利得金九三一、五〇〇円の支払を求めるものである。

と陳述し、

被告の主張に対し、

一、原告は、被告との前記特約に基づき被告から前記賃借権の移転を受けるにつき、農地法による許可を得ることの出来る立場にあつたものである。すなわち、

(1)  原告は昭和二一年頃以来引続き畑七畝一八歩及び田一反一畝二六歩を耕作して居り、被告から右一反一畝一五歩の農地賃借権の移転を受ければ耕作農地面積は合計三反二九歩となり、農地法第三条第二項但書の政令で定める相当の事由ある場合に該当し(農地法施行令第一条第二項第一号)、同法第三条第一項の許可を受けることが可能であつた。そして原告は右賃借権の返還を受ければその耕作に精進する予定でいたものである。

(2)  本件農地は略々新居浜市の中心に位置し、周囲の状況は完全な市街地を形成しているので、農地法第五条による宅地転用のための賃借権移転の許可が当然得られるわけである。そして原告は場合によつては右賃借地上に長男の居住家屋を建築する考えでいたものである。

その場合原告には、地主亀井喜久子の希望によつては、同人が訴外酒井福太に売却した代金よりもはるかに高額の代金を以てこれを買受ける用意があつた次第である。(地主亀井喜久子はその土地所有権を、被告がその賃借権を訴外酒井福太に譲渡すると同時に、同人に売却しているものである)。

二、原告主張の前記特約が、新しい農地制度の下においては公序良俗に反し無効であるとの被告の主張を争う。むしろ右特約は、原被告間の賃借権譲渡契約を原告が何時でも一方的に解除し得る趣旨のものであり、原告は昭和二六年中解除の意思表示をしたのであるから、右賃借権はそれにより当然原告に復帰していたものというべく、かかる場合には農地法第三条は適用されないものというべきである。(昭和三八年九月二〇日最高裁判所判決参照)。

と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因第一項は、原告が被告の実弟であることのみを認め、その余は否認する。被告は昭和八年春作以降本件農地を地主から賃借し小作していたが、それ以前は訴外矢野要蔵が小作していたものである。昭和八年一月、原告は、当時貧農であつた被告の生活を援助するため、被告に資金を提供し、右矢野から右賃借権を買つてくれたものである。そこで被告は直接矢野から本件農地の引渡を受けると同時に地主たる亀井喜久子の先代の承諾を得て爾来これを小作して来たものである。右の次第で原告の主張事実は全然事実と相違するものである。

請求原因第二項も否認する。

請求原因第三項については、被告が離作したことは認めるが、それは昭和三四年五月頃地主から家計が窮迫し財産の整理をしなければ倒産するから小作権を返還してくれと再三懇請があつたので気の毒に思い地主と賃貸借契約を合意解除して土地を返還し、離作料として金八〇万円を受取つたものである。

請求原因第四項の賃借権の価格はこれを否認する。

と述べ、

予備的主張として、仮に原告主張の請求原因第一項及び第二項の事実が認められるとしても、

一、被告から原告に対し本件賃借権を返還することは、被告の責に帰すべからざる次の事由によりすでに不能となつていたものである。すなわち、

(1)  地主亀井喜久子は倒産状態にあつたため、本件農地を他に売却すべく企図し、被告に対し、その返還を求めていたのであるから、被告から原告への賃借権の移転につきその承諾を与える筈もなく又その意思もなかつたものである。

(2)  農地賃借権の譲渡契約の解約にも農地法第二〇条所定の許可を要するものと解すべく、又その移転には同法第三条の許可を要する。そして本件についても右法条の適用をまぬがれないところ、原告はその許可を受けることのできない事情にあつたものである。

(イ)  先ず解除或は解約の点については、原告は農地法第二〇条第二項の要件を充足していない。

(ロ)  次に農地賃借権の移転については、原告は永年に亘り農業委員会の耕作台帳に登載されない隠れた小作権者として、現実の小作人たる被告から小作料(或は謝礼)として米の現物給付を受けていたものであり、かかる中間搾取型態及び小作料金納の原則違反の事実が判明する限り、移転の許可申請を審査する農業委員会としてもこれを許可することができないものである(なおこのことは解約に関する知事の許可についても同様である)。

(ハ)  なお農地法は現実の耕作者を保護することを目的の一つとしており、そのことからしても、原告主張の特約を理由に無償で小作権の返還を求めるような現実の耕作権者に酷な移転の許可申請にはその許可が与えられないことが予想され、又農地法第二〇条の許可が仮に与えられるとしても恐らく無償ではなく、同条第四項により有償を条件として許可されるものと思われる。

以上の次第で本件農地賃借権を被告から原告に移転するについてはそれに必要な地主の承諾及び農地法所定の許可を得ることが客観的に不可能であつたわけであり、本件農地賃借権の返還は既にこの点から不能であり、被告が原告の請求に応ぜず、右賃借権を他に処分したことによりはじめて不能となつたものではない。従つて被告の右賃借権の処分は何等損害賠償の原因となるものではない。

二、さらに根本的にいえば、原告主張の賃借権の譲渡契約に附せられた返還の特約は終戦後の農地制度の下においては公の秩序に反し無効である。すなわち原告は右特約により隠れた小作権者の地位を確保し、中間搾取を行つて来たものであるが、かかる権利者の存在は終戦後の農地法制により確立された新しい法秩序と相容れないものであるから、右特約はも早や無効に帰したものというべきである。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、原告が被告の実弟であることは当事者間に争のないところであるが証人前田芳廼の証言及び同証言により成立を認めるべき甲第一号証同証言及び原告本人尋問の結果(第一回)により成立を認めるべき甲第四号証の一、二、三(ただし甲第四号証の二の成立については右証拠の外成立に争のない甲第五号証及び鑑定人東口義春の鑑定の結果をも総合して真正なものと認める)、証人白石管野、同亀井キミ(一、二回、但し第二回の証言は一部)同高橋タメヨの各証言及び原告本人尋問の結果(一、二回)並に弁論の全趣旨を総合して考えると、原告は昭和一二年六月九日、訴外矢野要蔵が訴外亀井喜久子から借り受け小作していた新居浜市甲七八七番地田一反一畝一五歩(以下本件農地と称す)に対する賃借権(以下本件小作権と称す。)を代金八二五円で同人から譲り受け、しばらくは同人に転貸していたが、昭和一七年一一月に至り、当時生活に困窮していた被告を援助するため、本件農地を被告に耕作させることとし、無償で本件小作権を被告に譲渡した。しかし原告としても相当の出金をして買受けた小作権であるから利息位の収益はあげたかつたし、将来自分が勤務先の会社を停年退職した際には本件農地を自ら耕作したいとの考もあつたので、右譲渡契約と同時に、将来原告が右譲渡にかかる本件小作権の返還を請求した場合は、被告は何時でも無償でこれを返還すべき旨被告に承諾させ、かつそれまでの間謝礼として一ケ年につき米三斗の給付を受ける旨約束したこと、を認めることができる。右認定に反する被告本人尋問の結果及び証人横山リヨヱ同亀井キミ(第二回)の各証言はたやすく措信し難く、その他右認定を左右するに足る証拠はない。そして右認定の小作権返還に関する合意は、これを法律的にみれば契約解除権の留保であると解するのを相当とする。

二、ところで被告は、右のような小作権返還に関する合意は、終戦後の農地法制により確立された新しい法秩序と相容れないものであるから公の秩序に反し無効である旨主張するから考えるに、農地法第三条第二項第七号は「小作地について耕作の事業を行う者がその小作地を貸し付け、又は質入れしようとする場合」は、その転貸又は質入れにつき同条第一項の許可をすることができない旨規定するが、小作権を解除権留保付で譲渡する場合についてはかような規定は何もなく、又農地法第二〇条第七項のような規定もない。そこで考えるに、農地法としては、当事者が民法に従い小作権を解除権留保付で譲渡する契約をなすこと自体はあえてこれを禁止せず、その契約にもとづき当事者が小作権移転の許可申請をして来た段階においてこれに統制を加えるという建前をとるものであることが明らかであり、その許可申請に対しても前記農地法第三条第二項第七号のように、一率に許可されないとするものではなく、一般の場合と同様事件、事件によつて許可不許可が決せられるものであると考えられるのである。

右の次第で小作権の解除権留保付譲渡契約は必ずしも現行農地法制と相容れないものではなく、いわんや戦前から存する既得の解除権が戦後の農地法制の施行により当然無効となるものとはとうてい考えられない。ただ右のような既得の解除権にも農地法第三条の適用はこれを認むべく、その解除権を行使して現実に小作権の返還を受けるには同条所定の許可が必要であるというべきであり、この限度で既得の解除権も権利内容の変更を受けるものである。このように右法条の適用さえ認めれば農地法の所期する目的はそれで十分に達成され、解除権自体を無効とする必要はごうもなく、若しあえてこれを無効とすれば既得権の侵害として却つて問題を生ずるものである。従つてこれを無効とする旨の規定は存しないのである。(現行農地法のみならず、その以前にさかのぼつて戦後の農地法制を検討してみても終戦前から存する右のような既得の権利が当然無効となる旨の規定はない)。以上の次第で被告の右主張は理由なくこれを採用することができないものである。

三、証人白石管野同前田芳廼の各証言及び原告本人尋問の結果(第一回)並に右原告本人尋問の結果により成立を認めることのできる甲第二号証を総合すると、原告は昭和二六年六月頃被告に対し本件小作権の譲渡契約解除の意思表示をして本件土地の返還を求めた。しかしその後被告は延期を乞うのみでこれを履行しなかつたので、昭和二八年五月頃原告はさらに右土地の返還を求めその際被告の子の横山述海の懇請により最終的なものとして同年度の米作刈入までその履行を延期したこと、を認めることができる。右認定に反する証人横山述海の証言及び被告本人尋問の結果は措信できず、他に右認定に反する証拠はない。

四、右のように前記特約に基づく契約解除の意思表示が原告によつてなされたのであるから、被告としては、少くとも昭和二八年度の米作刈入以後は原告に協力して、右解除に基づく本件小作権の移転につき農地法第三条の許可手続をし、その許可があつた場合にはさらに本件農地を原告に引渡し、原告をして小作権者の地位を回復させる義務があつたものというべきである。ところが証人秋山勇次郎同亀井直次郎同酒井福太の各証言及び被告本人尋問の結果、並に成立に争のない甲第三号証によると、その後本件農地の所有者亀井において、これを他に売却し商売の資金をつくる必要に迫られ、昭和三四年五月頃被告に対し、離作補償はするから本件農地を返して貰いたい旨申込んで来たので被告はこれを承諾し、一方地主亀井喜久子は訴外酒井福太との間で本件農地を坪当り四、五〇〇円で売買する旨の商談をまとめ、さらに被告らは農地法上の許可を受ける便宜上、被告の小作権は被告から酒井福太に直接これを譲渡することにして同月二五日その旨の許可申請をし、同年六月六日その許可があり、かくて同日被告は本件小作権を酒井福太に譲渡し、前記代金の約六分の支払を受けたこと、を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。右の次第で原告の被告に対する前記権利は被告の右行為により消滅に帰し、(原告の被告に対する権利は第三者たる酒井福太に対抗できないから同人が被告から本件小作権を譲り受けたことにより消滅したものである)、原告は右権利の価格に相当する損害を受けたものといわなければならない。

五、ところで被告は、原告に対し本件小作権を移転することは、右酒井福太との取引以前からすでに客観的に不能であつたから、被告が本件小作権を他に処分した行為は何等損害賠償の原因となるものでない旨主張する。

しかし証人亀井直次郎の証言によれば、地主としては、当事者間で円満に話合がつきさえすれば本件小作権を被告から原告に移転するにつき何等の異議もなかつたことが認められ、右移転につき地主の承諾は可能であつたというべく、又農地法第三条の許可の点については、後記のように被告は本件小作権の移転につき同条の許可を得られる可能性が強かつたのであるから、被告主張のような客観的不能の事実は存在せず、この点に関する被告の主張はこれを採用することができない。(なお被告は農地法第二〇条の許可を云々するが同条は農地賃貸借の当事者間で賃貸借の解除、解約等をなす場合の規定であり、賃借権の譲渡の当事者間で譲渡契約の解除をなす場合を規律するものではないから、この点に関する被告の主張も採用することのできないのは明らかである)

六、以上の次第で被告は自己の責に帰すべき事由により原告の権利を消滅させ、よつて原告に損害を与えたものというべく、その損害を賠償すべき義務がある。そこで次に損害賠償の額について考えるに、原被告間の本件小作権の移転については、未だ農地法第三条の許可がなかつたのであるから(この場合農地法第三条の許可を要することは前記二で述べたとおりであり、この点につきかかる許可は不要であるとの原告の主張はこれを採用しない)、原告の失つた権利は、本件小作権そのものではなく、その移転につき農地法による許可のあることを、法定条件としてこれを取得し得るところの期待権に過ぎなかつたものである。従つて本件小作権の価額相当額を以て直ちに原告の受けた損害額であるということはできない。しかし本件小作権は被告の行為によつて消滅し、今更その移転につき許可申請をなすことはできないから、本件は義務者たる被告の行為により権利の目的物が消滅すると同時に、条件の成就が永久に妨げられた場合に該当し、条件の成否未定の間に権利の侵害が行われたため損害額の算定が不能であるとして損害賠償を拒否することは余りにも公平の原則に反しとうていこれを認容することができないのである。よつてかかる場合は、裁判所において許可の要件を具備していたかどうかを判断し、その結果許可の可能性が認められれば、権利の移転につき農地法上の許可があつた場合と同一の価値をそれに認め、賃借権そのものの価格に相当する額をもつてその損害額と認めるのを相当とする。そこでこの見地に立つて検討するに、原告本人尋問の結果(一、二回)及び成立に争のない甲第六、第七号証を総合すれば、原告は昭和二〇年頃から畑七畝一八歩田一反一畝二六歩を耕作して来たが、昭和二七年には住友金属鉱山を停年退職することになつていたので、退職後は本件農地の一反一畝一五歩を加えて営農に専念しようと考え、前記のように被告との小作権譲渡契約を解除したものであることが認められ、それによれば原告の耕作面積は合計一反九畝一四歩で農地法第三条第二項第五号所定の三反歩に達しないけれども、これに本件農地を加えればその耕作面積は三反歩を超過し、(三反二九歩)、かつ原告は一応農業に精進する者と認められるので、本件は同条第二項但書及び農地法施行令第一条第二項第一号に該当し、右農地法第三条第二項第五号との関係ではこれを許可して何等差支えなく、その他同条第二項各号の不許可事由は存しない。そして証人相原正繁の証言によれば、農業委員会の実情として右認定のような場合には殆んど許可が与えられていることが認められるので、本件の場合許可の可能性が強く、許可申請さえあれば多分許可になつていたものであることが認められる。

この点につき被告は、原告が隠れた小作権者として過去に中間搾取をしていたから許可することのできないものであつた旨主張する。原告が被告から年に米三斗づつを謝礼として貰い受ける契約をしていたことは前認定のとおりであるけれど、当時としてはそれは違法でも不当でもなかつたのであるし、かような過去の事実をとらえて不利益な取扱をしなければ農地法の目的が達せられないものでもない。よろしく小作権移転の許可申請のあつた当時の事情を基礎として許否の決定をなすべく、それで十分であると考えられる。よつて被告の右主張はこれを採用しない。

以上の次第であるから原告の受けた損害額は本件小作権の価格(被告がこれを酒井福太に譲渡した昭和三四年六月当時の)に相当する額であつたというべきである。そして鑑定人稲葉好一の鑑定の結果によれば本件小作権の昭和三四年六月当時の価格は六八三、一〇〇円であることが認められる。(これと相違する鑑定人徳永政男の鑑定の結果は採用しない)

よつて被告は原告に対し右金六八三、一〇〇円を損害賠償として支払う義務があるものといわなければならない。

七、そこで次に不当利得を原因とする金九三一、五〇〇円の請求(予備的請求)について考えるに、前記認定の事実によれば、被告が本件小作権を酒井福太に譲渡しその対価として右金額とほぼ同額の金員を取得したことは事実であるけれども、当時原告の有した権利は右小作権につき農地法第三条の許可を条件としてその移転を受け得る期待権に過ぎなかつたのであり、対内的にみても小作権そのものは依然として被告に属していたのであるから、被告の右対価の取得はあくまで被告自身の財産の処分による利得であるというべく、これを目して他人たる原告の財産を処分して得た利得であるということはできない。従つて原告の右請求はすでにこの点で失当として棄却を免れないが、仮にそうでないとしても、財産を利用された他人が不当利得として返還を求め得る額はその受けた損失額を限度とすべく、利得者がそれを超えて過大の利益を収めていたとしてもその超過部分の返還請求をなし得ないと解すべきであるから、(大判昭和一一年七月八日民集一五巻一三五〇頁)、いずれにしても原告は、さきに損害賠償として認容することにした金六八三、一〇〇円を超えた金員の請求はこれを為し得ないものといわなければならない。

八、以上の次第で原告の本訴請求は前記金六八三、一〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三六年三月二日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容すべく、その余は理由のないものとしてこれを棄却し、仮執行の宣言は、原被告が兄弟であり、又原告には早急な金の必要があるとの事情も認められないので、むしろ判決の確定を待つたうえなるべく任意に履行して貰うようにするのがよいと考えるので、これを附さないこととする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎順平 野崎幸雄 青野平)

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